らしくなくとも



 ドイツから日本へと出かける前夜、プロイセンの恋人である日本から連絡が入った。
 聞けは突然湧いた案件の対応に日本が駆りだされることになったらしい。
 可能であれば会う予定の日を2日ほどずらして頂ければそれまでには終わらせますので――なんて切羽詰まった声を聞き、プロイセンはあっさりと日程をずらすことに承諾した。
 普段であれば気を付けているだろうに、今回は焦っていたせいかプロイセンからの返事を聞いた日本は安堵の溜息を隠さずについた。
 それがどれだけプロイセンの感情を揺さぶるかも知らずに――。

「爺の癖に煽るなっ……」

 目を閉じて、左手で己の口元を隠しながらプロイセンの呟きは誰かに聞かれることなく空気の中へと溶けてゆく。
 もうすぐ逢えるとと思っていただけに多少の肩透かし感はあるもののプロイセンは嬉しくて仕方がなかった。
 遭わない――という選択肢をあの日本が選ばなかったからだ。
 暗に込められた、それも言葉を濁す文化を持つ日本からの思いにプロイセンは自然と顔を綻ばせた。

   ―― ※ ―― ※ ―― ※ ――

 俺様が行くまで休んでろよ? という言葉を律儀に守ったのか、それとも疲れてしまいつい寝入ってしまったのかは分からない。
 どちらにせよプロイセンは日本から手渡された合鍵を使い、ぽちくんの出迎えに「Danke!」と言いながらわしゃわしゃと頭を撫でた。
 荷物はいつもの様に適当に置き、ぽちくんにここに居るように言い聞かせ、そのままプロイセンは日本の寝室へと向かった。
 足音も気配も消したまま、歩きなれた廊下を進んで。

 寝室のふすまをそっと開け、部屋の中を見渡せばすやすやと気持ちよさそうに寝こけている日本を見つけた。
 躊躇することなく部屋の中へと入り、プロイセンは日本の顔の側に静かに膝をついた。
 気配を消したままプロイセンは額に張り付く日本の前髪をすき、頭を撫でてゆく。
 すると眉間に張り付いていた皺が徐々に薄れ、寝顔も穏やかさを浮かべ始めた。

「――菊」

 酷く柔らかな声色で呟かれた名前は眠り続ける本人へ届かないまま四散した。
 言った張本人のプロイセンでさせ自分の声色に驚き顔を赤らめる。
 柔らかな、それでいてどこか甘さを含んだ声に付随する行為を思い出したからだ。

 見られていない、と分かっていてもプロイセンは己の掌で顔を覆い隠す。
 日本はプロイセンほど夜目が効くわけでも無い。
 しかし見られたくないと思ってしまうのだ。あからさまに赤くなった己の顔を。

「菊……」

 相手に聞こえないと分かっているからこそ、プロイセンは再び名を呼んだ。
 以前はただ互いの国名でしか呼んだことはなかった。
 けれど恋人という肩書きを得て、国の名ではなく、個人が持つ名を呼びたいと強く思うようになった。
 それが良いことなのか悪いことなのかプロイセンは分からないし日本も気にしないだろう。
 ただ呼びたいと思ったから――理由なんかそれだけで十分だ。

「あと1時間くらいは寝かしとくか」

 無防備なまま眠る姿はあどけなく、童顔の日本は更に幼く見える。
 プロイセンよりも遥かに年上なのに、だ。

 穏やかな笑みを湛えていたプロイセンの表情は急ににやりと柄の悪い笑みに切り替わった。
 ケセセとプロイセン特有の笑い方をしながら、午前中に訪れていた場所のことを思い出したからだ。

 プロイセンがそのことを知ったのは偶然だった。
 調べ物をしている最中に間違ったリンク先をたどった先にあったのだ。
 そのことを知ってから機会があったらやってみたいと思っていた。
 特に日本と恋仲になってからはその感情が強くなり、今回決行したのだ。

「しっかしお前んとこの奴らは面白いこと考えるんだな」

 日本と逢う日程がずれた日を使ってプロイセンは京都と和歌山へ出かけていた。
 京都へは以前より行ってみたいと思っていた竹の径を散策してきた。
 見どころは2月から3月頃とあったが瑞々しい青さと清涼感溢れる空気を痛く気に入り時間を忘れてその場に佇んでいた。
 そして和歌山へは海中に設置されているポストへと手紙を投函するためだけに行った。

 明日から1週間、プロイセンと日本は英気を養うために温泉へと出向く。
 それも部屋風呂と露天風呂がついている旅館をチョイスしたのは他の誰にも邪魔をされたくないからだ。
 そして旅行を終えた足でプロイセンはドイツへと戻ることが決まっている。
 ずらした日程のせいだが、これはこれで良かったとプロイセンは考えていた。
 なにしろ投函した手紙はドイツ語で書かれた恋文なのだ。
 口で言うのは恥ずかしい。けれど思いは伝えたい――そう考えて行き着いたのが手紙を書くという手段だった。

「どんな顔して見るんだろうな、菊は」

 嬉しがってくれるだろうか。それとも恥ずかしがってのた打ち回るのか。
 俺様らしくないぜ……と思いながらもこっそりとプロイセンは手紙を投函しながら願った。
 もしも、もしも同じように日本も思っていれくれたら嬉しい――と。

 満ちた月は登り、神々しく輝きながら今宵も乳白色色の光を降り注ぐ。
 地上に居る全ての者へ等しく、愛しく――。


    ――― END ―――

【 初出:2012/07/04−Pixiv『 らしくなくとも 』より 】