からん、とカウベル独特の音が鳴りカフェの中に来客を告げた。
入り口て佇む男性はまるで夕日を連れて来たかのように全身が赤く染め上げられていた。
どうやら店内で待ち合わせをしているらしい男性はきょりりと辺りを見回し、目当ての人物へと近づいた。
「待たせたか?」
「いいえ。私が早く来すぎただけですよ」
彼らが居る席は店内で一番西側にある席で、やや小高い場所にあるこの店一番のパノラマが見渡せる席でもある。
とくに夕方からの日が沈みきるまでの時間帯は大きな窓から街へと沈みゆく太陽が見える絶好のポイントになっている。
ちょうど日が沈み始め、窓辺から見える西の空は紅緋色に染まりきっていた。
さらに緩やかに風に流されてゆく雲は白い色から紫苑色へと綺麗にグラデーションが入り込みより一層今日の空を美しく演出していた。
「あぁ、確かにすげぇな」
「でしょう? 最近のお気に入りなのですよ」
にこりと微笑む黒髪の青年は待ち合わせていた男性の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
注文を終えた二人はしばし無言のまま窓の外の情景に心奪われていた。
なにか会話をするわけでもなく、ただときおり相手の顔に視線を向けるのだ。
そして視線が重なった瞬間、ほんの少し照れくさそうに笑うのだ。
カフェのマスターである往年の男性が二人に気付かれないようにそっと珈琲をテーブルの上においてゆく様は映画やコマーシャルのワンシーンのようだった。
それから間もなく、二人は珈琲の匂いに気が付き笑いあった。
「ほんとお前んとこの人間は相変わらず忍者みてーな奴が居るよなぁ」
「恐れ入ります。が、忍者はいませんからね?」
慣れたやり取りなのだろう。黒髪の青年はくすくすと笑いながら、それでも嬉しそうに微笑み続けた。
こちらからは男性の表情は伺うことは出来ないけれど、それでもどこか気を許し嬉しそうな雰囲気すら漂わせているのを見るにわかってて言ったのだろう。
不意にちりん――と小さな澄んだ鈴の音がなったあと男性が「うおっ!?」と焦った声を上げる。
どうやらこの店の看板猫である三毛猫のミケコさんが膝の上に飛び乗ったようだ。
「相変わらず動物にはもてますねぇ」
「動物にはってなんだよ。動物にはって。俺様は他にもモテるっつーの」
拗ねた口調の男性がどんな表情を浮かべたのかは分からない。
けれど黒髪の青年が浮かべるしたり顔の中にも楽しそうに緩んだ目元を見るに、動物にもてるのは確かなことなのだろう。
現に膝の上に乗っているミケコさんはマスター以外には懐かないと有名な猫さんなのだから。
久しぶりによったお気に入りのカフェでこんなちょっとした癒される瞬間に出会えるとは思ってもいなかった。
いい出会いにほくそ笑んでいれば黒髪の青年とばっちり視線が合った。
見すぎていたせいかバレたことに挙動不審になりながらも、黒髪の青年の視線が問いかけてくる。
――どうぞ内緒にしておいてくださいね、と悪戯を思いついた少年のような表情を浮かべながら。
――― END ―――
【 初出:2012/07/03−Pixiv『 伽羅色のカフェにて 』より 】