夢を見た。惚れた相手の膝枕で寝ながら頭を撫でて貰う夢を。想いを伝える気すらないのに感情は無意識に願っていた。惚れてるんだこんなにも。目を開ければ顔を赤らめた日本が。そして左手が彼の腕を掴んだままだ。プロイセンは寝ぼけた頭を一気に覚醒させられた。熱を帯び始めた顔は隠せないほど赤く。
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●紅い目が冷ややかに相手を見下し、男の手からひらりと書類が落とされる。話は以上だ――と無機質に告げたまま男は退室する。足早にその場から離れ、男は勢い良く拳槌で壁を殴る。案件を破棄させるために奔放さざる得なかったのが悔しまれる。本来の予定であれば今頃恋人と逢っていたはずなのだから。
●深くため息をつきながら、プロイセンは気持ちを切り替え出口へと向かった。今からならまだ最終便の飛行機に乗れるだろうと思ったからだ。けれど、その期待は裏切られる。タクシーを拾う前にプロイセンは声をかけられたのだ。耳に馴染んだ誰よりも愛しい恋人の声で。お疲れ様でした、と微笑みながら。
●驚くプロイセンを見ることが出来た日本はほくそ笑みながら彼に近づき、そっと頬へと口付けた。仕事への労りと、逢いたかったのですよ、という二つの意味を込めて。一瞬驚いた表情を浮かべたプロイセンは見事に白い肌を赤くし、黒手袋をはめた手で顔を隠そうとするが日本に阻まれて間近で観察された。
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●音を立てて額に口付けされるのは生粋の日本人である菊にとってはかなり恥ずかしい部類に入る。それもにんまりと笑んでからどんなに菊が嫌がろうともしてくるのだ。幼馴染でありドイツ人である隣人のギルベルトは。自室で寝入っている彼を見つけた菊は魔が差した。指先で触れて口付け、そして逃げた。
●転がり込むように自宅に帰った菊は玄関の扉を閉めた瞬間、ずるずるともたれたままその場にしゃがみこむ。いつもされるように額に触れて口付けただけだというのに菊の心臓は激しく鼓動する。全身が真っ赤になるくらい菊にとっては恥ずかしい行為だった。しかし無意識に願っていた。また触れたい、と。
●駈け出した足音が完全に聞こえなくなったころ、ギルベルトはゆっくりと身を起こしながら赤くなった顔を手で仰いだ。まさかあの恥ずかしがりやな菊からでこちゅーされるとは思わなかったのだ。それもいつもの声色とは違う、やけに熱っぽい声で名を呼びながら。それがどうしようもないくらい嬉しくて。
●顔の赤味が引いたのを確認してから、ギルベルト自室の窓から菊の部屋へと近道する。しかし部屋の主は居ないようでぽりぽりと頭をかいたあと、ギルベルトは音を立てずに階段を降りて目的の人物を見つけた。膝を抱えたまま未だに首筋すら赤い彼を。菊に近づきいつもの様に額に口付け、そして唇を盗む。
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●確かに、確かにいまここに大切ななにかがあったはずだ。なのにぽっかりと開いた腕の中を見てもプロイセンはもう思い出せなかった。いや、己の名前すら忘れかけていた。風に吹かれるままに身を委ね闇夜に浮かぶ月を愛でながらプロイセンはただ願う。この綺麗な世界に解けてゆくならそれでいいか、と。
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●寝転んで空を見上げてみれば夜空に流星群が流れては消えてゆく。魚が水の中を泳ぐように星もまた宇宙を泳ぐ。いつか消滅してしまうその瞬間まで。綺麗だな、とプロイセンが呟けば日本が繋いでいた手をぎゅっと握り締めた。遠い昔、果たせなかった約束を叶えながら絶景を共に見れる幸せを噛み締めて。
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【 初出:2012/10/10〜2012/10/23−Twitterより 】